2011年10月11日

町の歴史を知る楽しさ

震災後に親しくなる方には、鉄道オタク、近代遺産好きなどのマニアックな方が多くいます。彼らの持つ全く役に立たない知識量が建築好きには魅力的でして、彼らのほうにボクがよって行っているのかもしれません。

中之作プロジェクトの活動を始めてから何となく古本を購入して読んでいます。
鉄道廃線跡を歩く JTBキャンブックス [単行本] / 宮脇 俊三 (著); JTB (刊)

鉄道オタクから聞いた「いわき市内の廃線跡情報」によると、江名・中之作には昭和40年代中頃まで電車が走っていたというのです。町にはそんな面影は全くありませんが、復興の手がかりになるかもしれないと思い読み始めました。

冒頭の「廃線跡歩きのすすめ」という文章が秀逸です。一部を抜粋してみます。
(前略)クルマ時代の到来、地方の過疎化、外国からの安い鉱石や木材の輸入、石炭から石油へのエネルギー革命などによって、ローカル私鉄は、つぎつぎと廃止に追込まれて行った。国の庇護下で生きのびてきた国鉄の赤字ローカル線も昭和55年の国鉄再建法によって多くの線路が廃止された。
 亡びた者は帰らない。レールが撤去されれば列車は走らない。
(中略)だが、廃線、それでおしまい、とならないのが鉄道趣味なのであって「廃線跡をたどる」という新しい分野が開けてくる。
 一般の建造物が取り壊されれば跡形もなくなる。そこに何があったかは忘れ去られる。ところが、鉄道は細長く延びている。辺鄙な地域へと分け入っている。だから廃線跡が完全に消滅することはまずない。レールや枕木は撤去されても、いろいろなものが残っている。
 まずトンネル。無用の長物と化したので確実に存在する。入り口上部がSLの煤煙で黒くなっている。
 次に橋の跡。橋桁は撤去されても、橋脚もしくはその土台、とくに両端の京大は残っている場合が多い。
 築堤や切通し。これもだいたい残っている。
 廃線跡を歩けば、道床砂利(バラスト)はレールと車輪が削り合った鉄分で赤錆び、犬釘を拾うこともできる。速度制限や警笛吹鳴などの標識もある。
 線路跡が林道などに転用されたケースも多い。こうなると何もかもが消え失せてしまうが、その道の曲がりぐあいは鉄道ならではの味わいがあって、向こうから汽車が現れそうな気分にしてくれる。
 かくして廃線跡の探訪は、史跡めぐりと考古学とを合わせたような世界になる。それは、消滅した鉄道を懐古する次元をこえて、現存の鉄道に乗るのと廃線跡をたどるのと、どっちが面白いかという境地に達する。キザな言い方だし、負け惜しみもあるが、廃線跡を歩いていると、そんな気持ちになることがある。


壊されて行く港町をこれから楽しむ一つの方向性が見えてきます。

古い街並の持つ美しさを発見し後世に残すのはいつも「よそ者」です。今この町で起っていることを多くの方に伝えるのも「中之作プロジェクト」の大切な活動です。昨日の町歩きの様子は、たくさんの方がそれぞれのメディアで配信して下さっています。本当にありがとうございます。

TETOTEONAHAMA 江名・色味の生き残る町
つれづれなるままに、よい酒屋まるとみにて「昨日に引き続き中之作プロジェクト
いわき市の歯医者、「酒井歯科医院」院長のブログ 新たな出会いの輪が広がる喜び
中之作プロジェクトHP 写真追加しました。

明日は地元の方と会議です。これからのまちづくりについて、地元の方と情報を共有して行けたらいいと考えています。
posted by TOY-order at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 中之作プロジェクト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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